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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)713号 判決

原告

増田陽三

右訴訟代理人弁護士

白上孝千代

被告

山下孝子

右訴訟代理人弁護士

吉田裕敏

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  原告が別紙目録記載の土地につき九分の一の共有持分権を有することを確認する。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 原告が別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき三分の一の共有持分権を有することを確認する。

2 被告は本件土地につき高松法務局昭和六〇年一一月二九日受付第四一一〇七号をもってなした増田傳(以下「傳」という。)持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 原告が本件土地につき九分の一の共有持分権を有することを確認する。

2 被告は本件土地につき高松法務局昭和六〇年一一月二九日受付第四一一〇七号をもってなした傳持分全部移転登記のうち原告持分九分の一について抹消登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

(再予備的請求)

1 原告が本件土地につき一八分の一の共有持分権を有することを確認する。

2 被告は原告に対し本件土地につき一八分の一の所有権一部移転登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告は、いずれも傳の子であり(相続分は原告が三分の一、被告が三分の二)、傳は、本件土地につき三分の一の共有持分権を有していた。

2  傳は、昭和四八年一〇月四日高松法務局所属公証人岡村三郎作成にかかる遺言公正証書をもって、本件持分権を原告に遺贈する旨の遺言(以下「第一遺言」という。)をした。

3  傳は、昭和六〇年一一月一日死亡した。

4  しかるに、被告は、傳が昭和六〇年一月二一日東京法務局所属公証人室伏壮一郎作成にかかる遺言公正証書をもって、本件持分権を被告に相続させる旨の遺言(以下「第二遺言」という。)をしているとして、本件持分権につき、高松法務局昭和六〇年一一月二九日受付第四一一〇七号をもって相続による傳持分全部移転登記(以下「本件移転登記」という。)を経由した。

5  仮に、第二遺言のために第一遺言の効力が生じないとしても、第二遺言の内容は遺産分割方法の指定の効力を有するにすぎず、遺産分割がなされるまでの間は、原告は、前記1のとおり共同相続人として本件持分権につき三分の一の相続分(本件土地につき九分の一の共有持分権)を有する。

6  仮に、第二遺言が遺贈としての効力を有するものとすれば、原告は少なくとも本件持分権につき六分の一(本件土地につき一八分の一)の遺留分を有するところ、原告は、昭和六一年一〇月二九日の本件第五回口頭弁論期日において遺留分減殺の意思表示をした。

7  よって、原告は、主位的に、第一遺言に基づき原告が本件持分権を有することの確認と、被告に対し本件移転登記の抹消登記手続をなすことを求め、第一遺言が効力を生じない場合の予備的請求として、相続分に基づき原告が本件土地につき九分の一の共有持分権を有することの確認と、被告に対し本件移転登記のうち右持分九分の一についての抹消登記手続をなすことを求め、第二遺言が遺贈としての効力を有する場合の再予備的請求として、遺留分に基づき原告が本件土地につき一八分の一の共有持分権を有することの確認と、被告に対し本件土地につき右持分一八分の一の所有権一部移転登記手続をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の主張は争う。

仮に、第二遺言が相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定であるとしても、被告は、遺産分割協議を経ずに右遺言により不動産の所有権移転登記をすることを妨げられず、登記実務も昭和四七年四月一七日民事甲一四四二号法務省民事局長通達に基づき「相続させる」形式の公正証書遺言により相続を原因とする所有権移転登記を認めている。

本件では、原被告間に第二遺言と異なる分割協議が成立する見込みはなく、そうとすれば、遺産分割の審判により第二遺言における遺言者の意思に則して被告が本件持分権を取得することになるのはほぼ確実である。

したがって、原告の相続分を前提とする本件移転登記の一部抹消を求める請求は許されない。

3  同6の主張は争う。

三  抗弁

傳は、第一遺言の後に第二遺言をしており、本件持分権については第一遺言と第二遺言の内容が明らかに抵触しているから、その抵触の限りにおいて第一遺言は取り消されたものとみなされる。

なお、第二遺言の第三条の見出しは、「遺産分割方法の指定」とされているが、同条の「相続させる。」との記載は、法律的には遺贈とみることができる。なぜなら、「相続させる」形式の遺言は、主として登録免許税の節減の目的で行われているだけで、遺言者の意思としては、後日の遺産分割協議を経ることなく特定の物を特定の相続人に取得させようとするものであり、遺贈と異なるところはないからである。

四  抗弁に対する認否

傳が第二遺言をしていることは認めるが、その余の主張は争う。

第二遺言は、第一遺言の取消しを明示することなく作成されており、その内容は、遺産分割方法の指定として傳の希望的意思を表明したにすぎないから、第一遺言と抵触するものとはいえない。

五  再抗弁

第二遺言は、次に述べるとおり傳が意思能力を欠いた状態でなしたものであり、無効である。

すなわち、傳は、昭和五五年ころから老人性痴呆の症状を呈するようになり、昭和五六年六月には幻覚症状に類する行動により自宅で階下に転落したり、昭和五八年九月には物忘れがひどく記銘力検査を受けたり(その結果は甚だ良くない)、更に昭和五六年ころから血管拡張剤を中心とする薬の投与を受けており、これは老人性痴呆症の中心的療法とされているものである。

傳は、昭和五九年七月二〇日ころから被告宅に同居するようになったが、その後も深夜戸外に出て徘徊を繰り返し、夜間マンションの非常ベルを再三にわたって鳴らすなどの異常行動がみられた。

また、傳は、昭和六〇年一月一四日被告に連れられ第二遺言を作成してもらうべく公証人役場に赴いたが、公証人の面前での応答ができず、公正証書が作成できなかった事実もある。

これらの事情からすれば、第二遺言を作成する当時、傳の意思能力は完全に喪失しており、第二遺言は被告の策謀により作成されたとしかいいようがない。

六  再抗弁に対する認否及び反論

再抗弁事実は否認する。

傳は、公証人の面前において意思能力につき十分なチェックを受けたうえで、第二遺言をしているのであり、当時遺言をなす十分な能力を備えていた。

なお、被告が傳を自宅に引き取って世話をしたのは昭和五九年七月二一日以降であるが、傳が老人性痴呆の症状を示し深夜の戸外徘徊などをするようになったのは昭和六〇年六月中旬ころからであった。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、

1  第一遺言の記載は、「遺言者はその所有する後記不動産(但し遺言者の持分は三分の一)を遺言者の二男増田陽三(昭和七年七月二二日生)に遺贈する。」となっており、遺言執行者を原告に指定していること、右後記不動産とは本件土地を指すこと、

2  第二遺言の記載は、「(遺産分割方法の指定) 第三条 遺言者は…各相続人に次の通り相続させるものとする。一、遺言者は遺言者の子山下孝子(昭和二四年七月二一日生)に対し第一条第一項記載の財産を単独で相続させる。二、遺言者は遺言者の子増田陽三(昭和七年七月二二日生)に対し第一条第三項1の財産である定額郵便貯金元本三百万円及び利息を単独で相続させる。(中略)三、その他の財産については山下孝子に相続させる。」となっており、遺言執行者を三菱信託銀行株式会社に指定していること、右第一条第一項記載の財産とは本件持分権を指すこと、

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定の各遺言の内容からすれば、本件持分権の帰属について、第一遺言と第二遺言とが抵触することは明らかであり、第一遺言の記載が遺贈、第二遺言の記載が相続させるとなっていても、右抵触と解することの妨げになるものではなく、第一遺言は、第二遺言が有効である限り、民法一〇二三条一項により取り消されたものとみなされる。

三そこで、第二遺言の有効性について判断するに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、〈証拠判断省略〉他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原被告は、異母兄妹であり、傳は、昭和四九年ころ高松から上京し、原被告と同居した。被告は、昭和五四年一〇月に結婚し家を出たが、その後、傳と原告夫婦との折合いが次第に悪くなり、傳は、面倒をみてもらえないとの不満を募らせ、昭和五九年七月二〇日ころ被告方にひきとられた。

2  被告方に来た傳は、原告にしいたげられたとの思いから、改めて遺言する気持となり、新聞紙上で見た信託銀行の関与する遺言に関心を示した。被告は、傳の意を受け、昭和五九年一一月ころ三菱信託銀行に赴き、右遺言の説明を受けた。その結果、同年一二月同銀行員二名(第二遺言の証人となっている二名)が被告方を訪れ、傳に遺言の意思を確認したうえ、その内容について打ち合わせをし、文案を作成した。

傳は、昭和六〇年一月一四日右銀行員二名及び被告とともに、公正証書遺言をするべく世田谷公証役場に赴いたが、その際は、緊張のあまり公証人の質問に見当違いの返答をし、公正証書を作成するに至らなかった。そのため、同月二一日再度右公証役場に赴き、公証人の質問を受けたうえ、第二遺言の公正証書が作成された。

3  傳は、昭和五一年四月ころ以降胃炎、自律神経失調症、糖尿病(疑)、坐骨神経痛等の病名で日赤病院に通院していたが、昭和五八年一〇月三日老人性痴呆の病名が付加され、そのころ頭痛、めまい、物忘れ等を訴え、投薬治療を受けた。日赤病院への通院は、昭和五九年八月ころまでで、その後、傳は、同年八月二九日から昭和六〇年七月一日まで三三回にわたり近くの原医院(内科)に通院したが、同年六月ころまでの間は医師の問診に対し正常に応答した。

ところが、傳は、同年六月ころから昼夜の区別がつかなくなり、夜間徘徊したり、便所以外の場所で排便するなど痴呆症状が急激かつ顕著に表れ、常に監視を要する状態となった。このため、傳は、同年七月三日から同月一八日まで老人性痴呆症、脳動脈硬化症等の病名で富家第二病院に入院し、引き続き死亡する同年一一月一日まで脳血管性痴呆の病名で滝山病院に入院した。

四前記三で認定した事実によれば、傳には、加齢に伴い、昭和五八年一〇月ころから老人性痴呆の兆しが表れていたといえるが、その症状が顕著になったのは昭和六〇年六月ころからと認められる。原告本人尋問の結果によれば、原告は、傳が原告方に同居していたころより、傳には老人性痴呆の異常行動が顕著に表れていた旨供述するが、右供述は前掲証拠に照らし信用し難い。むしろ、証人黒田忠利は、第二遺言の公正証書を作成した昭和六〇年一月当時、傳に意思能力を疑わしめる異常言動はみとめられなかったと証言しており、結果的に公証人のチェックを経て第二遺言の公正証書が作成されていることからすれば、右証言は措信するに足りるというべきである。

一般に、老齢者の場合、その判断能力は若い時に比べ若干低下するのは免れないところであり、それをもって直ちに遺言する意思能力がなかったということはできない。

本件の場合、前説示したところからすれば、第二遺言の当時、傳には、遺言の趣旨を基本的に理解する能力があったと認めるのが相当であり、傳の意思能力がなかった旨の原告の主張は採用できない。

してみれば、第二遺言は有効というべきであるから、これと抵触する第一遺言に基づく原告の主位的請求は理由がない。

五ところで、被相続人が特定の遺産を共同相続人の一人に取得させる旨の遺言をした場合、これを遺贈とみるべきか、はたまた遺産分割方法の指定とみるべきかは、被相続人の意思解釈の問題であるところ、本件における第二遺言は前記二2で認定したとおり、遺産分割方法の指定であることを明示しているのであるから、第二遺言は、特段の事情のない限り、遺贈と解することはできず、遺産分割方法の指定(なお、その遺産の価額が当該相続人の法定相続分を超えるときは、原則として相続分の指定をも併せ含むと解される。)と認めるのが相当である。

なお、被告は、「相続させる」との文言を用いるのは登録免許税節減の目的からであり、被相続人としては分割協議を経ることを予定しないのが通常であるから、右文言にかかわらず、遺贈と解すべきことを主張する。しかしながら、右見解は採用できない。なぜなら、たとえ被相続人に右のような意思があったとしても、その場合、被相続人としては、遺贈と遺産分割方法の指定の両者の登記手続や登録免許税の差異を認識し、かつ、得失を検討したうえで、遺産分割方法の指定の方を選択しているわけであり、そうであるとすれば、所有権移転に関する法律効果の点において遺贈の方が望ましいからといって、別の場面で当該遺言を遺贈と主張するのを許すことは、便宜的にすぎるからである。

そうすると、第二遺言によって被告が本件持分権を直ちに取得しうるものではなく、遺産分割の手続で右遺言に従った遺産分割が実施されることにより、初めて、相続開始時に遡って本件持分権の被告への帰属が確定するというべきであるから、未だ遺産分割手続の行われていないことが明らかな本件においては、本件持分権はなお原被告の遺産共有の状態にあるものといわなければならない。

してみれば、原告は、本件土地につき法定相続分として九分の一の共有持分権を有することになるから、原告の予備的請求のうち、九分の一の共有持分権の確認を求める部分は理由がある。

原告は、更に右九分の一の共有持分権を有することを根拠に、被告が経由した本件移転登記のうち、右九分の一についての抹消登記手続を求めている(なお、本件の場合、登記手続としては、右九分の一についての抹消登記を求めるのではなく、原告の持分九分の一、被告の持分九分の二に更正登記を求めるべきであるが、この点はさて措く。)。

たしかに、未だ遺産共有の状態にあるにもかかわらず、本件持分権について被告が単独名義で所有権移転登記を経由していることは、形式的には行き過ぎといえなくもない。しかしながら、登記実務においては、特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」と記載された遺言に基づき、遺産分割がなされていなくても、相続により取得するとされた相続人が単独で所有権移転登記(登記原因は相続)をすることを認めている(昭和四七年四月一七日法務省民事局長通達)。そして遺言により遺産分割方法の指定がなされた場合には、当事者間で別異の分割の合意がなされない限り、審判において右指定に従った分割がなされることは明白である。したがって、本件のような場合に、遺産分割がなされていないという理由で、共有持分権に基づく登記請求を認める実益は実質的には存しないといわなければならない。

してみれば、原告のこの点の請求は認め難い。

六よって、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求のうち、原告が本件土地につき九分の一の共有持分権を有することの確認を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却し(なお、原告の再予備的請求は、第二遺言が遺贈と判断された場合の請求であるところ、前説示のとおり第二遺言は遺産分割方法の指定と解されるから、この点の判断はしない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官武田聿弘)

別紙目録

高松市天神町二番一二

宅地 100.36平方メートル

以上。

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